第227回 「やっちゃん」の大道芸 伊藤努

第227回 「やっちゃん」の大道芸
最近は、気晴らしに週末になると自宅からほど近い都内の井の頭公園までウォーキングを兼ねて散歩しているが、ちょっとした楽しみは自然文化園の分園近くの池のほとりで週末に行われている若い大道芸人の小さなショーを見学することだ。たまたま、芸が行われている場所を訪れると、多くの散歩者や通行人が立ち止まって芸を見入っているときと、全く人が集まらず、大道芸人に同情してしまうケースの二通りがある。大道芸を見ようという人は一種の野次馬だと思うが、人を集める能力も芸に劣らず、大道芸を志す人の大事な資質だろう。
先日は、36歳の自称「やっちゃん」が野球ボール大の水晶玉を両手でうまく操る芸をやっていて、まだ5歳にもならない幼子が3人固まって見ていた後ろ姿がかわいくて、4人目の見学者となった。子供たちもやっちゃんの芸に大いに関心があるのだが、近くに寄るのが恐いのか、離れて見ていたのがおかしかった。
そうこうするうちに、足を止める人が徐々に増え、大道芸人の口上にも力が入ってきたが、得意とする水晶玉の操り芸に加え、超能力者がよくやるスプーン曲げ、縁日でよく見かける長い風船の飲み込み、加熱したフライパンからの鳩の飛び出しと、次々と繰り出されるマジックに大きな拍手が起きた。目の前で繰り広げられる珍芸に驚嘆するばかりだったが、長い風船を口から飲み込む芸は、さすがに体によくないのではないかと思い、一連のショーが終わった後にやっちゃんに聞いてみた。
マジック師に種明かしを聞くのは無粋、野暮だとは思ったが、健康を心配してのことである。返ってきた言葉が「胃の中で空気とともに消化されますよ」と聞き、思わず絶句した。風船のゴムは消化されるのか、風船に入っていたかなりの量の空気はどうなるのか。他人事とはいえ、後日のことが心配になってくる。本人はこの後も、同じ場所で何度かのマジックをこなすのだろうが、一体、風船はいくつ飲み込むのだろうか。
やっちゃんとは別の若者は、二つの剣を空中に投げるなどしてうまく操りながら、リンゴをかじるという芸が最大の見世物だ。その演技の真下の地面に見物人の男性を寝かせての芸だったが、まかり間違えれば、尖った剣が真っ逆さまに男性の体のどこかを直撃する。空中に投げる二本の剣の扱いに余程慣れていなければ、傷害罪あるいは傷害致死罪で逮捕されかねない。この芸も集まった見物人の注目を集め、剣が空中を舞うごとに周りから悲鳴が上がった。
たまたま散歩などで通りかかった人々にひと時の驚きと楽しみを与える大道芸人だが、その生活は結構厳しいらしい。どこででも芸を披露できるというわけではなく、週末には多くの人が集まる広い井の頭公園でも、芸ができるのは湧き水が出ることで知られる弁天島近くの限られた場所だ。マジックに感心した筆者はやっちゃんに、テレビに出ているマジック師の芸よりも「余程面白いよ」と率直な感想を伝えたが、メディアを通じてブレークするのは至難の業とのことだった。不景気で暗い世相が続く中、若い大道芸人たちの仕事がもっと脚光を浴びてほしいと思う。