1. HOME
  2. 記事・コラム一覧
  3. コラム
  4. 第193回 タイ進出日系企業の「プロジェクトX」 伊藤努

記事・コラム一覧

第193回 タイ進出日系企業の「プロジェクトX」 伊藤努

第193回 タイ進出日系企業の「プロジェクトX」 伊藤努

第193回 タイ進出日系企業の「プロジェクトX」

前回に続き、筆者が最近参加したタイの投資環境視察ミッションで印象に残った見聞をご紹介したい。題して、NHKの人気番組にあやかった「大洪水に遭遇したタイ進出日系企業のプロジェクトX」。

昨年10月から11月にかけてタイ中部の古都アユタヤやその南方に位置する首都のバンコクなどを襲った大洪水で、進出日系企業の工場の多くが軒並み被災し、生産停止に追い込まれるなどしたことはまだ記憶に新しい。あの洪水禍から1年余りがたち、被災した日系企業の復旧・復興状況を見て回った。特に被害が大きかった何カ所かの工業団地に入居する日系企業7社を駆け足で視察したが、突然の洪水で工場が次々に水没し、途方に暮れる中、どの会社も、一時は2メートル前後の深さとなった大量の水が引いた後の復旧、生産再開を見据えた動きは早かった。

タイの民間工業団地の入り口。この門がすべて水没した

被災した日系企業の大半が昨年の10月中旬以降、1カ月前後は水没、冠水状態が続いたため、虎の子の生産設備などを運び出すことができずに水浸しとなり、使い物にならなくなってしまった。工場内に設置された高価な大型機械や精密な工作機器などは、汚水漬けとなれば、ひとたまりもなく廃品同然となる。

しかし、汚水が引いた後は、住居がやはり被災して大変なはずのタイ人従業員も続々と工場に戻り、片付けや清掃作業に積極的に参加。洪水で大規模な損害を被ったにもかかわらず、タイにとどまり続けて操業再開することをいち早く決断した日本の本社などの支援もあって、復旧・復興は予想以上にはかどり、各社とも年明け以降は相次いで生産再開にこぎ着けた。

その間の想像を絶する大変な苦労ぶりは、1年がたった今、工場の外壁や建物内の壁、柱にわずかに痕跡が残る、冠水した最高水位の目印などによってうかがい知ることができた。電源が断たれ、電気もない中での文字通り人海戦術での復旧作業は、工場幹部と地元従業員の心を一つにしたチームワークなくして前には進まなかったのではないか。

工場団地を囲むように造られた防水堤。高さは5メートルもある


今回訪問し、取材に応じてくれた日系企業の工場幹部の方々はいずれも、50年ぶりあるいは100年ぶりともいわれる大洪水からの復旧と生産再開に向けた従業員らの取り組みを写真などに残すとともに、その貴重な経験を今後の危機管理の教訓にする考えを異口同音に語っていた。

冒頭に紹介したNHKの人気番組は、日本企業の成功物語や失敗・苦労の知られざる内幕と、それを支えた無名の技術者や企業人の懸命な姿を描いたドキュメンタリーだ。NHKの取材と映像で広く紹介された企業関係者の艱難辛苦に劣らぬ企業と人間のドラマが、タイの洪水被災地でも繰り広げられたことを知り、胸に熱いものがこみ上げてきた。そこでは、普段は安い賃金で黙々と働くタイ人従業員も主役級の役割を演じたに違いない。

タグ

全部見る