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第131回 若手研究者と長老記者 伊藤努

第131回 若手研究者と長老記者 伊藤努

第131回 若手研究者と長老記者

メディアの世界で長年、国際情勢や外国のニュースを取材し、伝える仕事に従事していると、大学の研究者の集まりに誘われることも少なくない。最近は、中国人の大学教授の中国政治研究会、早稲田大学大学院S教授のインドシナ情勢研究会にオブザーバーとして顔を出し、討論などに参加した。その機会に出会ったのが、カンボジア現代政治を研究する若手学者と日本の対インドシナ諸国援助をテーマに博士論文に取り組んでいる大学院生の二人の若者だ。

以前、バンコクを拠点にカンボジアを含むインドシナ3カ国も取材していた筆者にとっては、どちらかと言えばマイナーな外国の地域を研究対象に選んで学問に取り組んでいる二人に親近感を覚えた。そこでというわけでもないが、研究会が終わった後の懇親会の席で二人からそれぞれ研究テーマの概要を聞き出し、いろいろと質問してみた。もうこうなると、記者の仕事の延長のようでもある。

カンボジア政治を専攻しているY講師の博士論文のテーマは、同国最高実力者の座に長く君臨するフン・セン首相が率いる与党・人民党の変遷。このテーマを聞いて関心を抱くかどうか、あるいは人民党の政治的位置づけ、特徴などをすらすらと答えることができる人は日本ではやはりごくごく少数にとどまるだろう。筆者の場合、たまたま、1990年代後半にまだ政情不安が続いていたカンボジアの首都プノンペンに何度も出張しては、フン・セン氏や同氏と対立するラナリット殿下(シアヌーク前国王の長男)の周辺を取材していたので、人民党と聞くだけで当時の政治情勢を鮮明に思い出すことができる。

そんなわけで、Y君を質問攻めにしていると、彼から、自分の研究テーマで専門家以外の人にこんなに関心を持ってもらったのは初めての経験だと、感激の面持ちで感謝の言葉が返ってきた。政治的安定を取り戻しつつあるカンボジアに関するニュースは今でこそガクンと減ったが、旧ポル・ポト政権時代の内戦を経て、和平合意、国連による暫定統治のころは同国に対するメディアの関心は極めて高く、新聞などでの扱いも大きかった。

メディアは戦争やクーデターといった緊迫した情勢のときは集中豪雨的に報道するが、現地の事態が平静を取り戻し、安定すると、途端に注目しなくなる。これでは、世界の各地域の専門家もメディアの中では育つまい。

地道に、そして継続的にカンボジアの政治情勢や日本の対インドシナ外交をフォローしている若手の研究者の真摯な姿勢を見て、日本のメディアの弱点に気づかされた。と同時に、メディアとアカデミズムの協力や交流の必要性を改めて実感した一夜となった。

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