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第11回 ハノイのヒラマサとシマアジ 伊藤努

第11回 ハノイのヒラマサとシマアジ 伊藤努

第11回 ハノイのヒラマサとシマアジ

1990年代後半のバンコク駐在時代、守備範囲のベトナムには取材で何度も出張した。首都ハノイはバンコクより緯度が高いため、冬ともなると、寒さを感じることがしばしばだった。南国で生活していると、それも心地よい。わがバンコク支局の助手たちは、日本人の筆者が「さわやかな気温」と感じる12-13度程度でも、「寒い、寒い」を連発し、セーターにジャンパー、それに襟巻きと随分と厚着をしていた。国民の大半が雪を知らないお国柄では、皮膚感覚も違うのだろう。

そのタイ人と比べると、日本に似た四季があるベトナム人、特にかつて北ベトナムといわれた北部地域の人たちの肌感覚は日本人に近いかもしれない。近年、中国進出ビジネスのリスクを減らす目的もあって、日系企業の間で新たなベトナム投資ブームが起きているが、その理由の1つに、勤勉さや手先の器用さ、儒教の教えに基づく価値観など、かつての日本人が兼ね備えていた国民性と重なる部分を評価してのこともあると聞く。

ベトナム出張の楽しみは、取材して原稿を本社に送った後に記者仲間とわいわい言いながら囲む夕餉(ゆうげ)の膳。トムヤムクンなど日本で知られたタイ料理ほどには国際的に知られてはいないが、春巻きやベトナム点心、魚介類を使った揚げ物など、ベトナム料理は日本人の口によく合う。コメからつくった麺(米粉うどん)を鶏肉などのスープで食べることができるフォーは、体にもやさしいスローフードと言えるのではないか。

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開発が始まった頃のハノイ(1998年)

ただ、そのベトナム料理も、出張が長くなると飽きてくるのは、基本的に日本食が好きな筆者の悪い癖だとよく自覚している。そんなときに偶然知り、通うようになったのがハノイ市内にある日本料理レストランの「K」だった。日本で言えば、居酒屋兼定食屋のような店構えで、夜ともなると、日本人の駐在員らでにぎわっていた。一流ホテルに店を構える日本レストランに比べ、材料が新鮮で、値段も格段に安いためだが、もう1つの人気の秘密は、何とヒラマサやシマアジといった高級魚が刺身で食べることができるのである。

店の主人によれば、ベトナム北部沿岸は東シナ海の下限に面しており、ヒラマサなどの比較的大型の回遊魚が九州近辺の沖合から南下し、ベトナムの漁師の網にかかった魚がレストラン「K」に卸されるのだそうだ。ベトナム人には、シマアジなどは高級魚と認識されておらず、卸値は安く、従って、客に出される高級魚の刺身もお手ごろ価格になる。ベトナムには同国産のコメから造った日本酒「越の一」もあり、左党の日本人駐在員や出張者にとって、「アフター5の生活環境」は申し分ない。店の主人の機転で日本人が好む高級魚の仕入れルートを確立したこのレストランは、相変わらず繁盛しているという。

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