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〔32〕アサド大統領の肖像画に慣れ切っていた内戦前のダマスカス 小牟田哲彦(作家)

〔32〕アサド大統領の肖像画に慣れ切っていた内戦前のダマスカス 小牟田哲彦(作家)

〔32〕アサド大統領の肖像画に慣れ切っていた内戦前のダマスカス

12月8日、シリアの最高指導者として長年君臨してきたバッシャール・アサド大統領がロシアに亡命し、父子合わせて50年以上続いていた独裁政権が崩壊した。幸い、首都のダマスカスは政府軍と反体制派との間で目立った戦闘が行われず、概ね平穏のうちに反体制派が掌握したと報道されている。

アサド前大統領率いる政府軍と反体制派が2011年から14年以上も繰り広げてきたシリア内戦の影響で、シリアは危ない国とのイメージが定着してしまったが、内戦前は決してそうではなかった。強権的な独裁体制国家は、皮肉なことに、治安がそれなりに安定しているケースが少なくない。シリアの場合も、世界中から外国人旅行者がやって来た。首都のダマスカスは都市自体が世界遺産に登録されるほどの古都で、日本の大手旅行会社もパッケージツアーを継続的に催行していた。

1997年刊行の旅行ガイドブック『地球の歩き方 ヨルダン・シリア・レバノン』を開くと、シリアの治安については「一般的に日本人が抱いているイメージと違ってシリアは非常に安全な国だ。ダマスカスやアレッポなどのような都会を夜に歩いていてもほとんど危険は感じられない。窃盗なども非常に少ない」と高評価を与えている。ただし、同じページに「シリアには秘密警察がおり、彼等は主に治安維持活動に従事している。シリアやアラブの政治に関する話題は避けたほうがいい」とのアドバイスも載っている。

私がシリアを訪ねた2007年当時の『地球の歩き方』も、シリアの治安に関する記述は10年前の1997年版と大差ない。むしろ、隣国のレバノンの治安について「政情不安を背景に、いつテロが起きてもおかしくない状況となっている」と注意を呼び掛けている。

その頃、ダマスカス市内の至るところに、アサド大統領の肖像画が飾られていた(画像参照)。同様にあちこちで最高指導者の肖像画を目にする北朝鮮と異なり、シリアは私たち外国人観光客が国営旅行社の通訳兼ガイド無しで自由に街を歩けるし、鉄道やバスに乗って地方都市へ足を伸ばすことも思いのまま。そのような私たちを、そこかしこにあるアサド大統領の笑顔の肖像画が見張っているような気がした。

ダマスカス市内のヒジャーズ鉄道駅舎内に掲げられていたアサド大統領の肖像画

今、仮にシリアを訪ねたら、おそらく、肖像画から視線を感じるような経験をすることはもうないだろう。圧政の下にあった国民が自由を謳歌できるようになれば喜ばしいが、強権的な政権の下で安定していた治安が、独裁者の重しが取り除かれた後も継続するとは限らない。外国人観光客が自由に、かつ安全に旅行できる国としてシリアに外国人観光客があふれる日が再来することを、心から祈るばかりである。


《100年のアジア旅行 小牟田哲彦》前回
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