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第140回 コメの国タイの日本米 直井謙二

第140回 コメの国タイの日本米 直井謙二

第140回 コメの国タイの日本米

東日本大震災の影響で議論が遅れている環太平洋経済連携協定(TPP)の参加問題だが、日本は関税完全撤廃の原則をコメにまで適用するかどうかという大きな問題が残っている。

コメの自由化論議がようやく始まった1980年代半ば、タイの首都バンコク郊外の片隅でコシヒカリを収穫している華僑の田んぼを取材したことがある。「コメの国」タイは、コメに対しては高額な関税をかけている。すでに2万人を超えていた在留日本人にとってコメは大きな問題だった。

インディカ米のタイ米は日本人の口に合わない。一方、輸入された日本米をはじめ、日本食品は関税がかかり、おおむね日本の4倍の価格だ。目ざとい華僑の農場主が日本人向けにコシヒカリの種籾(たねもみ)を入手し、バンコク郊外で栽培を始めた。

田んぼは一見、池のようで、浮稲栽培されたコシヒカリは水の中に沈んでいた。華僑が雇ったミャンマー人労働者が腰まで水につかり、稲をすくい上げながら収穫していた。

収穫されたタイ産のコシヒカリは日本人向けのスーパーなどで売られ、輸入品より格段に安いため、山積みされたコメ袋も数時間で売り切れた。コシヒカリの種籾をどこから手に入れたか疑問になり、農場を経営する華僑に尋ねた。

華僑は日本製の脱穀機を指差しながら、「中古の脱穀機を日本から輸入したら、コシヒカリの種籾がついていたので栽培してみた」と答えた。(写真) 脱穀機についていた程度の籾で大量のコシヒカリを栽培できるはずがない。

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「同種の交配が進めば、やがて稲が取れなくなるはずで信じられない」と再度問いただすと、農場主の華僑は苦笑いしながら、「そこが悩みだ」とようやく闇でコシヒカリの種籾を手に入れたことを告白した。

農場主はさらに、筆者に記者を辞めて、一緒に仕事をやらないかと持ち掛けてきた。タイ国籍の華僑は日本への入国ビザをなかなか取得できない。日本人の私に日本でコシヒカリの種籾を買い付けてタイまで運んでほしい、収入は今の倍は保証すると畳み掛けた。

密輸の片棒を担ぐ気はないと断ったが、あきらめない。広東省の潮州出身のコメ華僑は代々したたかに生きてきたに違いない。拒否の態度が固いことが分かると、「頭が固い日本人だ」と捨て台詞を残してあきらめた。

今はチェンマイなどタイ北部では、タイ人向けのインディカ米と日本人向けのジャポニカ米が隣り合わせで栽培されている。ジャポニカ米は、インディカ米と比べると背が低く、田植えから収穫まで3カ月と早く収穫できる。


写真1:日本製の脱穀機を使うミャンマー労働者

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