第136回 「想定外」だったタイの洪水 直井謙二

第136回 「想定外」だったタイの洪水
今年の雨季明けを祝う11月のタイのロイカトン祭りは例年とは趣が違う。
インド亜大陸のモンスーンと台風がもたらすタイの雨季は6月から4カ月も続く。2、3時間続く土砂降りに雨はたちまち道路を冠水させ、蒸し暑さをもたらす。それだけに雨季の雨で気温も下がり、空気が乾く乾季が待ち遠しい。雨で増水した川や沼に灯籠を流し、乾季の到来をお祝いするロイカトン祭りだが、今年は予想外に強かったインド亜モンスーンと台風で、中部タイのアユタヤや首都圏で長期間にわたる洪水が発生し、ロイカトン祭りになっても街から水が引かない懸念がある。
アユタヤに集中する工場地帯も冠水し、自動車産業をはじめ多くの日系企業が生産中止に追い込まれた。アユタヤはかつて一面の穀倉地帯で、14世紀から18世紀まで栄えた豊穣の王国アユタヤを支えていた。
アユタヤが大きく変わり始めたのは、1985年のプラザ合意で円が急騰して以降のことだ。86年に初めてタイに赴任した時のアユタヤではほとんど工場らしい工場も見られず、湿地帯や田んぼの中で水牛が顔をのぞかせるのんびりとした田園風景が広がっていた。プラザ合意を機に日系企業をはじめとする外国企業が次々にタイに進出し、バンコクの北60キロにあるアユタヤは世界遺産のアユタヤ観光と工業の街に変わっていった。
雨季に上流から流れ込んでくる大量の水を吸収し、乾季には吸収した水を徐々に放出していた湿地や田んぼは埋め立てられ、コンクリートで固められたことも洪水の一因になっている。
今はほとんど姿を消してしまったが、タイの伝統的な民家は高床式だ。地表から3メートルほどの高さに床がある。床下には農機具や機織り機、それに洪水に備えた小舟が置かれていた。風通しがよく、直射日光がさえぎられる床下は絶好の作業場だ。
タイの洪水はゆっくり時間をかけ、最大で2メートルぐらいまでの深さになる。洪水が来れば、慌てることなく、農機具や機織り機を家の中に入れ、船を出して足代わりにする。(写真) 先人の知恵が被害を最小限に食い止めていた。

今回の洪水被害のもう1つの原因は政府の対応が遅かったことだ。タクシン派、反タクシン派の対立もさることながら、タクシン元首相の実妹、インラック新首相を取り巻く側近の思惑も対応を遅らせたと聞く。未曾有の天災に近代化がもたらした設備が被害を増大させたにもかかわらず、政府の対応は遅れた。7カ月前から日本でも聞かれる声だ。
写真1:洪水になれば小舟が足になる(アユタヤ)
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