第137回 「食の国」中国での見聞 伊藤努

第137回 「食の国」中国での見聞
先ごろ、中日友好協会の招きで中国の首都北京と四川省の成都などを駆け足で回ってきた。辛口の四川料理をたらふく食べたせいでもないだろうが、「中国は食の国」と改めて感嘆するような見聞や経験を幾つかした。日本でもおなじみの麻婆豆腐の本場の辛さも賞味したが、唐辛子が効き過ぎ、ご飯と一緒ではないととてものどを通らなかった。大きな丸テーブルの隣にいた地元の四川の人は平気な顔をして、激辛料理を次々に平らげていたが、味覚を味わう器官はどうなっているのかと考え込んだ。
北京では、舌が肥えている中国人にも人気という羊のシャブシャブ料理の店にも連れて行ってもらったが、店自慢の秘伝のタレをつけての羊肉は美味だった。羊肉料理はもともとモンゴルや中国の西域から伝わったものだそうだが、シャブシャブにしたところが中国の料理人のアイデアなのだろう。
北京では一夜、中国でのビジネスに通じ、日中経済交流に長年携わってきたMさんがわれわれ一行を行きつけの高級レストランに招いてくれた。食事をしながらの会話は硬い話題から、いつしかMさんお得意の中国の珍しい食べ物の話となり、座は盛り上がった。本欄の読者には動物愛護に熱心な方や、家族同様のペットを飼っている方もおられると思うので、そういう読者を卒倒させかねない料理は詳しくは紹介できないが、広東省では犬や猫、猿などの料理の愛好者が多く、Mさんは仕事柄、中国側の接待でこうした食材を出す店を何軒も知っているそうだ。

北京で有名な羊肉のシャブシャブ専門店
日本でも夏バテを防ぐ料理として、7月の「土用の丑の日」前後にうなぎの蒲焼を食べる習慣がある。何でもMさんによれば、犬鍋や犬皿、犬スープといった犬料理も、食べると体が温まる食材として珍重されているのだそうだ。日本人の感覚では、犬料理までは韓国やベトナムなどでも食されているので、理解できる範囲内にあるが、猫となると、「もう駄目だ」という人が多いのではないか。
昔の話だが、出張先の広東省で犬料理を食べたある日本人ジャーナリストの後日談はほほえましかった。この記者は大先輩に当たる知人の勧めと本人の好奇心もあって、犬料理を食べたのだが、その夜は彼の部屋から「ワン、ワン」という寝言が長い間聞こえてきたという。恐らく、後悔の念からか、自分が犬になって食べられてしまう夢を見ていたのではないかというのがMさんの推測だった。このエピソードは、犬を食べてしまった記者の優しさなのか、日本人一般の国民性なのか、個人的に大いに興味をそそられた。