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第577回 大国間対立に翻弄される東南アジア 伊藤努

第577回 大国間対立に翻弄される東南アジア 伊藤努

第577回 大国間対立に翻弄される東南アジア

わが国とも政治的、経済的に関係の深い東南アジア諸国連合(ASEAN)がかつて経験したことのないような内憂外患に揺れている。最大の内憂は何と言っても、昨年2月の軍事クーデターで国軍が実権を掌握し、民主化指導者のアウン・サン・スー・チ―氏率いる文民政権を打倒した後、民主派勢力を徹底的に弾圧している加盟国のミャンマーに対して事態の打開や収拾に向け何ら有効な手を打てずにいることだ。

 

治安部隊の発砲などで市民に多数の犠牲者が出たクーデターから早くも1年半がたつが、ASEANは内政不干渉の原則などがネックとなって、これまで軍事政権とは実効性ある対話さえできていない。国軍指導部はそうした弱腰のASEAN各国の足元を見透かすかのように、投獄中のスー・チー氏の側近ら4人を「テロ関与」のかどで死刑執行するなど、民主派勢力に対する締め付けを一段と強めている。国軍が強気の姿勢を崩さない背景には、中国、ロシアという強権体制を敷く大国の後ろ盾があるのは間違いない。

 

一方の外患は、ロシアのウクライナ侵攻をめぐるロシアと米欧など西側諸国の対立激化や近年の米中両国の覇権争いのあおりに巻き込まれる形でASEANが主導する多国間外交などに深刻な影響が出始めていることだ。8月上旬にASEAN議長国カンボジアの首都プノンペンで開催されたASEAN外相会議の関連会合では、ペロシ米下院議長の台湾訪問をきっかけに米中関係が緊迫した直後ということもあって、林芳正外相が発言を始めた際、中国の王毅国務委員兼外相とロシアのラブロフ外相が示し合わせたように退席する一幕があった。王外相はその前日、日米など主要7カ国(G7)外相が中国による台湾への軍事的威圧を非難する共同声明を出したことに強く反発し、予定されていた林外相との個別会談を拒否している。

 

一連のASEAN外相関連会議への出席の機会を捉えてセットされた日中外相会談は、9月の日中国交正常化50周年に向け、関係改善の糸口を探る狙いがあり、日中首脳会談への道筋をつけられるかどうかが焦点となっていた。中国側から会談中止の申し入れがあったといい、好転しかけていた日中関係にも暗い影を落とす形となった。

 

ウクライナ情勢をめぐる米ロの緊張や台湾問題が絡む米中関係の緊迫化など大国間対立のあおりを受けているのはASEANだけではない。たまたま、今年はASEANの盟主格のインドネシアが主要20カ国・地域(G20)、有力国のタイがアジア太平洋経済協力会議(APEC)の議長国を務めているが、両国ともG20メンバーのロシアの扱いや米中対立の影響が今秋に予定される首脳会議の議事運営に混乱を来すのではないかと戦々恐々の様子を隠せない。特にG20議長国のインドネシアのジョコ大統領は、11月の首脳会議への出席を表明しているプーチン・ロシア大統領が参加すれば、ウクライナ侵攻を断罪する米国など西側諸国の強い反発を招きかねないだけに、対応に苦慮している。

 

筆者はかねて、タイのバンコクに駐在していた折、加盟国の持ち回りで開催されるASEANの首脳会議や外相会議などを何度も取材した経験がある。必ずしも平穏な会議ばかりではなかったが、当時はまだ、米ロ、米中などの大国間対立は近年のようにそれほど激化しておらず、米中対立も南シナ海における領有権争いやミャンマーの民主化問題、北朝鮮の核開発など域内外の地域情勢をめぐるケースが多かった。

 

インド洋と太平洋をつなぐ海上交通の要所に位置し、経済成長を続けるASEAN各国には、米中両国が過去20年以上にわたって競い合うように関与してきた。ASEANにとって、米国と中国は1、2位を争う重要な貿易相手国だが、その両大国が近年、覇権をめぐって亀裂を深めていることに、狭間に位置するASEAN諸国からは「これ以上、緊張をあおらないでほしい」(マレーシア外相)などと嘆く声が多く聞かれる。

 

日米中韓ロなど多くの域外国をパートナーとして招き入れ、ASEANが主導するさまざまな国際会議を通じた「貸座敷外交」でグローバル化時代の安全保障と経済成長の確保を図ってきた東南アジア諸国だが、ここにきて米ロ、米中などの厳しい大国間対立に翻弄され、立ち往生する新たな局面に立ち至っているかに見える。



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