第338回 徒労に終わった「手乗りシカ」取材 直井謙二

第338回 徒労に終わった「手乗りシカ」取材
フィリピンのパラワン諸島に浮かぶ小さな島カラウィト島に本来アフリカに生息するはずのキリンやシマウマが野生化し、増殖している様子はすでに書いた。(第64回)マルコス独裁政権時代にアフリカから連れてこられた草食動物がライオンなどの天敵がいない島で増えたものだ。(写真)この取材の後、カラウィト島に手のひらサイズの野生のシカが生息しており、日本のテレビ・クルーが撮影に成功したという情報がもたらされた。カラウィト島に行きながら取材しそこなったことが恥ずかしくなり、「手乗りシカ」について調べてみた。

「手乗りシカ」はマニラ市内の動物園で飼育されていた。英語で「マウス・ディア」と呼ばれるだけあって、確かに見た目はネズミの様だが小さな蹄がある。フィリピンにも少数いる自然界に生息するシカの仲間だという。再び、カラウィト島を訪ねた。さっそく島の動物管理事務所を訪ね「手乗りシカ」について聞いてみるとパラワン諸島にはかつて多くの「手乗りシカ」が生息していたが、乱獲されたうえ特にカラウィト島は大型のアフリカ産の動物を持ち込まれたことから生息数が激減、管理事務所の職員すら見かけたことがないというのだ。
冒頭から悲観的な情報に滅入ったが、ここまで来た以上は引き下がれない。職員のアドバイスでシカが好む木の実を教えてもらい、島のあちこちに置いて食べにくるシカを観測することにした。
翌日、木の実を置いた場所を訪ねると木の実は減っていて、周りにシカの糞が落ちていた。だが糞の大きさから推測すると、かなり大型のシカでアフリカから持ち込まれたエランドなどの糞の可能性が高いと思われた。小さな「手乗りシカ」は大型の動物の攻撃を避けるため、草原ではなく藪などに潜んでいる可能性もある。島民を20人ほど雇い、棒をもって藪をつついてのシカ追い出し作戦を試みたが、結局一匹も発見できなかった。
取材は3日目の夕方を迎え焦りが出てきた。草原を歩いていると「マウス・ディア」と書かれている大きな看板が目に飛び込んできた。看板の近くに小屋と柵があるので訪ねてみた。小屋から出てきた男性は「「マウス・ディア」なら柵の中にいるよ。絶滅寸前だけど繁殖に成功したらそのうち島に離すつもりなんだ」と語った。
さらにその男性は日本のテレビ局が取材に来たことを語った。テレビ局の依頼で柵の中に入って手乗りシカを捕まえたような様子を撮影されたというのだ。繁殖中の「手乗りシカが自然の中で生息しているかのように装った取材であることが分かった。
写真1:筆者の差し出す葉を食べるキリン
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