第196回 フィリピンのお正月花火 直井謙二

第196回 フィリピンのお正月花火
年越しの行事はそれぞれのお国柄の特徴が出る。フィリピンの首都マニラの年越しは大勢の死者や負傷者が続出する壮烈な花火が主役だ。最近はやや自粛されてきたようだが、筆者が駐在していた90年代末はマニラっ子が打ち上げた花火の煙が空を覆い、しまいにはニノイ・アキノ国際空港が閉鎖されるほどだった。
マニラ首都圏の病院もあらかじめ外科手術室を拡張し、緊急態勢を布いている。花火は日暮れとともにマニラ各地で始まり、夜10時ごろになると火傷した市民が次々に病院に運ばれてくる。待機していた大勢の医者は流れ作業のように麻酔注射を打ち外科手術を行う。
花火に火が付いていないか覗いたら急に爆発したケースが多いそうだ。花火対策に追われているのは病院ばかりではない。消防署も消防車を市内に走らせ厳重な警戒を怠らない。元旦を迎えるまでに火事はどこかで必ず起きるのだ。
住宅地が密集するパコ地区を取材した。夜11時、準備が整った打ち上げ花火、手に持つ花火、ねずみ花火のように地を走る花火などが一斉に点火される。カメラマンがスタンバイし、筆者もマイクを持って爆発音と市民のインタビューに備えた。高射砲のような花火が打ちあがったのに続き、一斉に全花火が炸裂した。すさまじい爆発音が地区全体に響き渡り、何も聞こえない。カメラマンが身振りでインタビューを促すが、とても市民に話を聞ける状態ではない。全ての花火が爆発し尽くされると、辺り一帯に静寂が戻り我に返った。指で耳をふさぎ茫然と立ち尽くしていた。
中華街の入り口に消防車がスタンバイしていたが、肝心の消防士が打ち上げ花火で遊んでいる。火事は大丈夫なのかと心配になったが、警備にあたるはずの警察官まで花火を握っていた。そんな状態の中、消防長にインタビューした。

「15年前だったかな。花火による火災を消火しようとして仲間が2人死んだよ」。悲しげな表情を浮かべたまま、消防長は花火を打ち上げた。
人気のあるのは爆発力が強い違法の花火だ。フィリピンには共産ゲリラ新人民軍の支配地区があちこちにあり、国軍も近づけない。(写真)違法業者は金を新人民軍に払い、共産ゲリラ新人民軍の支配地区の中で違法花火を製造しているため、取り締まりにくいと言う。
炸裂と騒乱の一夜が明けた元旦、取材したパコ地区は静まりかえっていた。お年寄りが散らばった花火のゴミを掃除するほうきの音だけしか聴こえない。
フィリピンではこれといった正月の行事はない。大晦日の夜、眠れなかった大方のマニラっ子は寝正月というわけだ。
写真1:共産ゲリラ新人民軍の支配地区
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