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チャイナ・スクランブル

豪華絢爛の建国70周年記念パレードで、習近平国家主席の権威は確立したのか(上)
2019-10-18. 日暮高則
毛沢東主席が北京の天安門上で中華人民共和国の建国を宣言してから、今年の10月1日でちょうど70年目を迎えた。人間で言えば古希の歳。その国慶節(建国記念日)に行われた軍事、民衆パレードは豪華絢爛で、まさに共産党の治政とその中心に習近平国家主席がいることの必然性、素晴らしさを誇示しているようにも見えた。ある中国アナリストは「今回のパレードのテーマは習近平核心を明確にすることにある」とも指摘している。新中国創設に貢献した革命第一、第二世代は去り、党中央指導部は今や、習主席のように彼らの子供、孫の世代に移っている。となると、革命に貢献しない習氏は、権力の正統性を示すため、 “神格化”した毛主席を利用し、その後継者然とした振る舞いをするのは自然だ。しかしながら、今、米中貿易戦争や香港の混乱の中、党内には習主席への批判勢力もいて、毛主席のように絶対権力を確立したようには見えない。パレードでの習氏と指導部の様子、その後の党内情勢を追ってみた。

 「パレードの中で、毛沢東を讃える東方紅の曲が流れた。これを聞いて多くの人は『どうして毛沢東の、文革の時代に戻ってしまうの』と感じたに違いない。東方紅は当日夜の祝賀パーティーでも演奏された」。国慶節祝賀行事の様子について、台湾の中央通信社は冷ややかにこう伝えた。「東方紅」の歌詞には「毛主席は人民を救う星」などと個人崇拝の言葉が連なる。文革時代には一時国歌にもなるほど知られた曲だが、最近はほとんど聞かれない。習近平主席は最近、改革・開放の祖である小平氏よりも、毛主席の言葉を引用したり、その風格を真似たりすることが多いが、東方紅演奏もその“小道具”の一つだ。天安門上で、人民服姿でマイクに向かい「70年前に毛主席はこの場所で建国を宣言した」とあいさつしたのも、当時の毛主席の姿を意識したものであろう。

9月25日、北京で開催された「最も立派な党の貢献者(最美奮闘者)」という党中央の表彰大会で278人が選出されたが、この中に毛沢東主席の長男で、朝鮮戦争で戦死した岸英氏も入った。これも習主席の強い推薦があったに相違ない。大会には、毛家を代表して、岸英氏の実弟である故岸青氏の子息毛新宇氏の妻劉濱女史が出席し、表彰状を受け取った。習主席はまた、国慶節前日の9月30日に、政治局常務委員全員を引率して天安門広場の毛主席記念堂を参拝した。これまで党中央幹部が個人的に行ったケースはあっただろうが、全員がまとまったのは、改革・開放が緒に就いてからは初めてと見られる。毛主席の亡骸近くまで行って三顧の礼をしたとされ、その敬愛ぶりは異常である。

10月1日の軍事パレードでは、大陸間弾道弾の「東風41」や巡航ミサイル、無人機の最新兵器が登場、軍事強国を印象付けた。続く庶民パレードは、共産党が今の中国の発展を担ってきたことを誇示するような内容で、「共産党がなければ、新中国はない」「社会主義は素晴らしい」などの共産党、社会主義礼賛の曲も演奏された。「非効率な西側民主主義国ではこんな発展はなかっただろう」と言わんばかりに、共産党支配の優位性、レーゾンデトルを改めて強調し、今後も共産党独裁を続けるとの意思を示した感がある。ただ、独裁国の軍事パレードに見られがちな一糸乱れぬグーズステップや、庶民パレードの極端な整然さは温かみに欠けた。1980年代の改革・開放当初のパレードでは、「小平、你好」と小平氏に向かって感謝のプラカードを掲げた和気あいあいの光景、参加者が心から喜んでいる様子は見られなかった。

天安門楼上には、現政治局常務委員が前列に並んだほか、江沢民(93)、胡錦涛(77)の元、前両主席、温家宝前総理、曽慶紅元国家副主席らの懐かしい面々も出てきた。中でも、102歳になる宋平元政治局常務委員もしっかりと立っていたのは驚きだ。宋氏は甘粛省時代に部下だった胡錦涛氏や温家宝氏を中央に引き上げたことで有名な幹部。江氏が一見元気そうに見えた半面、胡氏は白髪が目立ち、老人感が漂っていたのが印象的。ただ、種々の情報によれば、江氏は一人では立てず、後ろから支えを受けていたとも伝えられる。30分ほど天安門上から消え、周囲をハラハラさせた。あとで、再び楼上に戻ってきたが、この間、どこに行っていたのか巷の話題になった。親しくしている軍所属歌手の宋祖英女史のところに会いに行っていたとの浮いたうわさも出たが、疑わしい。宋女史は彭麗媛・習主席夫人の軍歌舞団仲間であり、福建省勤務時代の習氏を江主席に紹介したことでも有名な人物だ。


この天安門楼上の現、旧指導部の中に朱鎔基元総理が加わっていないことに西側メディアは注目している。表面的には健康上の理由だと言われているが、米国にいて中国の党内機密情勢を発信している元富豪の郭文貴氏によれば、実際は「現在の党中央の在り方に不満を持っているから」とのこと。朱氏は「大パレードを挙行して米中貿易摩擦、香港問題が解決されるのか。習近平指導部はわれわれに出ろと言うが、私は行かない」と語ったという。朱元総理は1990年代末に膨大な犠牲を払って国営企業の赤字を解消し、企業分割して競争化を図るなどその体質を改革してきた。しかし、昨今、習主席は逆に国営企業の統合を進め、再“親方五星紅旗”的体質に戻しており、朱氏はこれが不満なのだと言われる。